漂流する私のサブプライムローン
いとも簡単に借金できた米国社会の帰結第1回>
筆者はアメリカに住みだして12年になる。銀行員が50歳で脱サラしてシリコンバレーで起業した。インターネットを使った情報提供ビジネスである。12年前に購入した住宅は3倍に値上がりした。アメリカの金融機関は不動産時価の7割ぐらいまでは使途を限定せずに貸してくれる。これをホームエクイティローンと呼ぶ。さまざまな金融機関から勧誘のDMが郵便ポストに入ってくる。
筆者は2007年3月に保有している住宅の価格が大きく値上がりしていたのを発見し、ホームエクイティローンを借り入れることにした。無担保だが金利が割高なカードローンを整理するためである。ちょうどそのときにローンを斡旋するブローカーから勧誘の電話がかかってきた。かなり条件が良い。借入金利も下げられるし、十分な金額を貸してくれる。返済条件も緩やかで、斡旋料も無料である。早速当時借り入れていた地元銀行の住宅ローンを期前返済して乗り換えることにした。
ブローカーは金利の一部だけを支払えばよい返済方式を強く勧めてきた。この方式だと金利の未払い分だけ元本が増えてしまうが、毎月の返済額が少ないので一番「楽」だという。二番目に勧めてきたのが金利だけは全額支払う方式である。元本は将来余裕ができたら払えば良いという。何と「楽ちん」なのだろうか。それでも筆者は金利を全額支払って更に元本を少しずつ返済していく方式を選んだ。日本人である。
ローンが次々と
転売されていった 彼がいくつかの金融機関を当たって一番条件の良いところを探し出してくれた。無名の金融機関だが、これで調印しても良い旨伝えた。2日ほど返事がなかった。こちらから電話したら、「中西部の住宅ローン専門会社が倒産して市場が不安定になっているのでちょっと待ってほしい」とのことだった。
それから2日ほどして彼から電話があり、ほかの金融機関が同じ条件で出してくれることになったので明日書類を持ってくるという。これも聞いたことのない無名の金融機関だった。無事に調印が済み、借入実行日も決まった。借入はこの銀行から実行された。
実行日当日にまたブローカーから電話がかかってきて、「筆者宛ローンは実行日に別の金融機関に転売されたので、今後は転売先の金融機関に元利返済するように」との指示だった。早速返済案内書が届いたが、転売先はまたもや聞いたことのない銀行だった。同社のウェブサイトに行って、筆者の銀行預金から自動返済する手続きをとった。確認のためウェブサイトに書いてある電話番号に電話をしたが、誰も出なかった。
漂流する私のサブプライムローン
いとも簡単に借金できた米国社会の帰結第2回>
サブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)をニュースで耳にするようになったのはその頃からだ。私は低所得者か? そうではないと言い切れるほどの高所得者でもないし、カードローンの残高も結構あった。この国ではいとも簡単に借金ができるのである。日本のようにサラ金から借りている「後ろめたさ」はまったくない。
新たに借り入れた住宅ローンでカードローンのほとんどを整理した。そうしたら驚くべきことが起きた。今度はクレジットカード会社からどんどんDMが入ってくるようになった。クレジットスコアが向上したのに残高が減ったので、また貸し込みたいのであろう。借入枠を広げてオファーをしてくる会社もあった。
これらのクレジットカードは大手商業銀行(Bank of America、Citi、Chaseほか)の発行するものが主流になっている。数年前に大手銀行が独立系クレジットカード会社をどんどん買収したのである。金利は2.9−7.9%と飛びっ切り安い。最初の半年は無利子というのもある。世間では
サブプライムローンによる金融不安を懸念しているのに、何と言う積極姿勢であろうか。
さて、貸し出しの実行日から1年経った今年の春、住宅ローン銀行から突然書簡が届いた。「筆者の住宅ローンを4月1日付で他社に転売したので、今後は新しい金融機関に返済せよ」との通知だった。またか!新しい返済先の金融機関も聞いたことのない名前だった。この会社のウェブサイトに行き、そこに書いてある電話番号を呼び出したら担当者が出てきた。彼を通じて銀行預金から自動返済する手続きをとった。
彼との会話の中でその金融機関の素性を探ってみたところ、リーマン・ブラザーズのローンサービス子会社だという。筆者ローンの現在の貸し手を尋ねたらリーマン・ブラザーズだという。借入から1年経ってはじめて、名前の通った銀行が現れた。
目先の金儲けに走った銀行と
銀行の甘言に乗った借入人 住宅ローンの貸し出しには2系統あるように思う。多くの支店網を持っているリテール銀行は地元の住民に貸し出して、ローン資産をあまり転売しない。一方、店舗網のない金融機関はブローカーを通じてローン資産を積み上げようとする。この中に、ローン資産積み上げのため、びっくりするような好条件を出す金融機関があった。筆者は後者から借り入れたのだ。
漂流する私のサブプライムローン
いとも簡単に借金できた米国社会の帰結第三回>
借入人が金利一部払い制度を悪用することは可能である。担保に提供している不動産が値上がりすれば、借入人は不動産を売って借入を完済すればよい。借入人は一儲けできる。貸し出し銀行も儲かる。だが、不動産が下がりだすと悲劇である。元本は増えているので不動産を売却したら借金だけが残る。自分の収入で借金を持ちこたえられればよいが、そうでないと早晩返済できなくなる。レイオフされればすぐに返済不能に陥る。バクチのツケが回ってくる。
今回の
サブプライムローン問題は、リスク管理を忘れて目先の金儲けに走った金融機関が起こした問題である。銀行は借入のプロセスを効率化し、手軽に借入できるようにした。電話、ファックス、メールで条件を決めたら、銀行が代理人を派遣してきて、借入人の自宅で調印する。借入人が銀行に出向くことはない。手軽に借入ができるとはいえ、安易に銀行の甘言に乗った借入人側にも責任の一端があろう。
不動産価格は2000−2006年には上がり続けたが、去年1年間で8.9%下がった。今年、来年と10%ずつ下がり続けると、200万件の抵当流れが起きるという。銀行が抵当流れ物件を市場で売却すると不動産価格は更に下落する。銀行は更に貸倒引当金を積み増さなくてはならなくなる。こうしたネガティブ・スパイラルはアメリカ経済を長期の不況に追い込む。
連銀はいくつかの対策を打ってきたが、財政面での対策が遅れている。公的資金投入の是非が議論されているのは、12年前の日本とそっくりである。だが、この国は秋に大統領選挙があり、大きな政策を決めにくい状況にある。このまま対策を打たないで市場任せにすると、90年代の日本と同じ状況に陥る可能性がある。
筆者は日本の不動産バブル崩壊時には日本の銀行の支店長だった。不良債権の回収に忙しく奔走する側の人間だった。ところが、今回のアメリカの不動産バブル崩壊では180度立場が変わり、
サブプライムローンの借入人になってしまった。
アメリカの
サブプライムローンの整理はこれから始まろうとしている。これから何が起こるか予断は許されない。ただ、私の住宅ローンに限っては銀行が何も言ってこないことを祈りたい。もし道端で青白い顔をして奔走している銀行員に出会ったら、ただ一言「ご苦労さん」とねぎらいの声をかけてやりたい。